<Culture>

時にアーティストとギャラリストのように(後編)

共創をめぐる対談──株式会社岡野 社主岡野博一さん・inventus株式会社 代表中西信人

時にアーティストとギャラリストのように(後編)

本当に買いたかったのは、日本文化の未来

博多織の織元でありながら、店舗販売というダイナミックな展開で耳目を集めていたOKANO。GINZA SIXへの出店など順風満帆のように思われた矢先、コロナ禍により来店がぱたりと止むという試練が襲った。

株式会社岡野5代目社主 岡野博一さんに社外役員として迎えられたINVENTUS代表の中西は、OKANOの売り上げがの70%を5%のロイヤルカスタマーが握っていることを探り当てる。後編は、そのロイヤルカスタマーへのインタビューを行った話から始めよう。

 

OKANOの未曾有のピンチを、二人はどう乗り越えたのか。そして、その先に見据える未来とは。

岡:これまで、ロイヤルカスタマーに本格的なインタビューを行ったことがありませんでした。お店での会話でなんとなくわかっているつもり、これまではそれでよかった。改めて窮地に立たされ「コロナで大変だから本当にみなさんのお知恵が必要なんです、ニーズを教えてください」とお願いして回りました。

僕の予想は、顧客がOKANOの商品を買ってくれる理由は、品質やサービスの良さを評価しているというもの。けれど、本当は全く違ったのです。

顧客は、博多織を、そして日本の伝統工芸を、なんとか残さないといけないという気持ちで商品を買ってくれていることがわかりました。それに取り組んでいるOKANOを応援したいから買ってくれていると仰るのです。驚きました。

中:着物や帯だけが欲しいのではなく、日本文化全体を守りたいという声を受けて、顧客とともに日本文化をどう残していくのか考えるという方向性が見えてきました。


本音が、店舗を作る

顧客の声を受け、あるべき店舗の輪郭が徐々に浮き彫りになっていく。回転率の高かったGINZA SIXを出て、顧客とじっくりと向き合い、商品を見ながら対話ができる落ち着いた店舗へ。呉服屋の常識は捨て、開放的な空間へ。

岡:この店、いわゆる呉服屋のイメージとは違うでしょう。お客さまがふらっと立ち寄って、話をしていく。着付けをする畳のスペースもある、落ち着いた空間を作りました。白を基調にしているのは、アートギャラリーのようなイメージにしたくて。置かれている物が主役に見えるようにデザインしています。

机や椅子などが全て可動式なのも特徴です。中西さんの「モノだけでは人は来ませんよ。コトを作らないと」という言葉を受けて、イベントを行いやすいようにしました。

中:博多織ではなく、日本文化を売る店であるべきだということが顧客の声からわかっていましたから。日本文化にちなんだイベントをやって、そこから新たな顧客に出会える店舗になって欲しかったのです。

岡:ほら、ここに茶道具の立礼棚もあるんですよ。お店ではそういった和のライフスタイルを送るための物を置き、イベントでコラボレーションしたいカフェなどをピックアップしたのは懐かしい思い出ですね。オンラインとオフラインが融合したOMO(Online Merges with Offline)のライフスタイルショップを具現化していきました。

中:組織変更を行い、若手社員に権限以上を行ったのも店舗のあり方に影響を与えたと思います。若手社員を積極的に巻き込み、SNSや動画配信などこれまでやってこなかった新たな取り組みをどんどん任せていきました。その中からどんどんスターが生まれましたよね。

岡:大きな変化だと思います。これまでは顧客の連絡先を店舗で集めていましたが、それは毎日800人にものぼる来店があるGINZA SIXに出店していたからできたこと。今ではSNSがそれに代わる役割を担うようになり、頼もしい若手が活躍してくれています。なんだか、いろんな武器を持っているような感覚です。

コロナ禍を見事に乗り越え、キャッシュアウト目前だった売り上げは黒字に転向。新たな顧客接点を持つ方法も携え、鮮やかなまでのV字回復だ。しかし、OKANOの挑戦はそこで終わらない。伝統工芸にまつわる業界課題を解決すべく、あらたなプラットフォームを生み出したのだ。


業界課題を解決する、文字通りの「糸口」


伝統工芸の課題は、作り手の元に顧客や小売の声が届かないことにある。日本を代表する技術をその手で生み出す職人のところまで、その技術のニーズが届かないのだ。その要因は、職人とエンドユーザーの間の問屋がブラックボックス化だ。

岡:OKANOを継ぐ時、世界の工芸ビジネスをリサーチし、LVMHグループやリシュモンの存在を知りました。彼らは長年培ったブランドビジネスの知見を生かし、デザインやマーケティングと職人を完全に分業にして成功を収めています。

フランスでブランドビジネスが成功したように、日本に合った方法で伝統工芸をブランドビジネスにするために考案したのが、私が代表取締役CEOを務める株式会社糸口が運営するプラットフォーム「ITOGUCHI」です。株式会社岡野とは別で運営しています。

ITOGUCH」は、伝統工芸の担い手である職人たちと小売をつなぐプラットフォームだ。仲卸を介さずに少量のロットから小売が職人に直接注文ができるので、職人は消費者のニーズに耳を傾けながら工芸品を作ることができる。

岡:これまで「いつか改善しよう」と先延ばしにされてきた業界課題が、いよいよコロナ禍で待ったなしの状態になりました。職人だけでなく、小売からも「ITOGUCHI」に相談を寄せています。

ITOGUCHI」は、プラットフォーム運営を通してさまざまな伝統工芸が束になった強みを生かしたブランドビジネス として成功させたいと思っています。それが、日本文化を残す方法だと思うのです。工芸品は、古くは王様の持ち物でした。それが貴族のものになり、現在は誰もが届くものになるべきです。この「工芸の民主化」が、今行われるべきなのです。

中:岡野さんはこんな風に、いつでも何か先を見据えてやりたいことが溢れ出してくる。僕はデータを分析して可視化したり、判断しやすい状況を作ったり、岡野さんの言葉やビジョンを会社に伝える翻訳者のような存在でありたい。それが、経営者と共創関係を作るということだからです。

ITOGUCHI」の素晴らしいところは、共に何かを作る共創関係を、社内外に作り出せること。まさにイノベーションのファクターだと思います。


取材が終わる頃には西日が並木の影からこぼれ、白い壁に揺れている。美しい博多織の品々に目を細める中西を見ながらふと語った岡野さんのこんな言葉が耳に残った。

岡:僕は、いわばアート思考。中西さんは、僕に言わせればギャラリー思考だなと思います。アーティストは純度の高い作品を作ることにコミットする。そのアーティストの純粋性と資本主義社会の間に入るのがギャラリストなんです。アーティストと信頼関係を作って作品が売れやすいものになるように上手に導いていく。それによって作家の新たな道が拓けることもある。

僕はいつでも正論を言い続けたいと思う一方で、それだけではビジネスが成り立たないともわかっています。中西さんのようなパートナーがいてくれるから、純粋にアートを追い求めることができるんです。

時にアーティストとギャラリストのように(後編)
PM:Asuka Morita
Photograph: Koh Degawa,
Text: Koh Degawa

INFORMATION

住所東京都港区六本木1-3-41 アークヒルズサイド1F
営業時間営業時間11:00~19:00
関連リンクhttps://okano1897.jp/

PROFILE

時にアーティストとギャラリストのように(後編)

岡野博一

代表取締役社長

1971年、福岡県生まれ。明治大学政治経済学部卒業後、人材コンサルティング会社設立。
26歳の時に、本家が営んでいた博多織元を買受、代表就任。廃業寸前の現場に直面し、伝統工芸再生に使命感を持つ。
アーティストをプロデュースする株式会社風土代表、有田焼開祖の系譜を受け継ぐ李参平窯顧問、博多織工業組合理事長なども務める。アーティスト小松美羽と有田焼をコーディネートし、その作品が大英博物館に収蔵され、伝統工芸と現代アートの融合の可能性を追求する。欧米の伝統工芸を由来とするラグジュアリーブランドの世界的成功事例を学び、伝統工芸の再起のヒントを得る。博多織をルーツとするOKANOをGINZA SIXなどへ出店、世界ブランド化への起点をつくる。
日本最初の禅寺、日本最初の密教寺院の袈裟や織物アートの制作なども自ら手がける。
HP: https://okano1897.jp/

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